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名古屋地方裁判所 平成5年(行ウ)59号 判決 1998年4月13日

愛知県海部郡甚目寺町大字森字流二〇番地

原告

株式会社トヨタツ

右代表者代表取締役

豊田辰夫

右訴訟代理人弁護士

尾関闘士雄

東京都千代田区霞ケ関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

下稲葉幸吉

右指定代理人

渡邉元尋

同右

戸苅敏

同右

相良修

同右

堀悟

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

津島税務署長が原告に対し平成五年三月三一日付けでした源泉所得税の納税告知及び同税に係る重加算税賦課決定に係る租税債務が存在しないことを確認する。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  原告(平成二年二月二五日までは、有限会社豊田溶接所)は、配管工事、架台工事及び据付工事業を営む法人であり、法人税法二条一〇号規定の「同族会社」である。

2  原告は、別表一の「確定申告額」欄に記載のとおり、昭和六二年一一月期ないし平成三年一一月期について、法廷申告期限までに青色申告により確定申告を行った(乙一ないし五)。

3  平成四年五月二六日、名古屋国税局査察部によって、原告に対し、法人税法違反嫌疑事件として、国税犯則取締法に基づく犯則調査が着手された。

原告は、平成四年一二月二四日、津島税務署長に対して、別表一の「修正申告額」欄に記載のとおり、当該各事業年度の修正申告書を提出した(乙六ないし一〇)。右修正申告は、右犯則調査の結果を踏まえたものである。

4  津島税務署長は、

<1> 原告が架空外注費等の計上によって得た金員を代表者である豊田辰夫が管理していたが、その一部である別表四「代表者勘定合計表」の「差引計」欄記載の金員を同人が費消していたとして、右費消された金員を、原告から豊田辰夫に対する貸付金と認定し、

<2> 原告が、豊田辰夫から、右貸付金に係る利息を徴しておらず、豊田辰夫に対して右利息相当額(利率年一〇パーセント)の経済的利益を、役員報酬として供与していたと認定し、

<3> その結果、原告には、右役員報酬に係る源泉所得税の追徴税額として、別表六の「差引不足額」欄記載の額の納付義務が生じたところ、

<4> 原告は、架空人件費を計上し、右架空人件費に係る源泉所得税として、別表七の「架空人件費分の源泉徴収額」欄記載の額を納付していたことから、各法定納期限ごとに、役員報酬額に係る追徴すべき源泉所得税額から、架空人件費に係る還付すべき源泉徴収額を控除して、

平成五年三月三一日付けで、別表七の「告知処分額」欄に記載のとおり、各法定納期限ごとに、原告に対して、給与所得(役員報酬)に係る源泉所得税額の納税告知処分(以下「本件納税告知処分」という。)を行った。

5  前記4のとおり、本件納税告知処分は、架空外注費等の計上によって捻出した簿外資金をもってした利息相当額の経済的利益の供与(役員報酬)に対する追徴税額の納税告知であるとして、津島税務署長は、国税通則法六八条三項(重加算税)の規定を適用し、平成五年三月三一日付けで別表七「重加算税額」欄に記載のとおり、各法定納期限ごとに、不納付加算税に代えて、重加算税の賦課決定を行った。

二  争点

原告は、架空外注費等で原告が所得を隠したこと、原告代表者へ簿外資金の一部が流出したことを含め、本件納税告知処分、重加算税賦課決定処分の効力を全面的に争うので、本件の争点は、右各処分の適法性である。

1  被告の主張

前記のとおり、津島税務署長が原告に対して行った本件納税告知処分は、原告が架空外注費等を計上することにより得た金員のうち、豊田辰夫に対する貸付金となるべき額に係る利息相当額を、原告から豊田辰夫に対する経済的利益の供与すなわち役員報酬であると認定したうえで、原告に対し、給与所得(役員報酬)に係る源泉所得税の納税告知処分を行ったものであり、適法な処分である。

前記のとおり、本件納税告知処分は、架空外注費等の計上によって捻出した簿外資金をもってした利息相当額の経済的利益の供与(役員報酬)に対する追徴税額の納税告知であるので、右追徴税額に対し、国税通則法六八条三項(重加算税)の規定に基づき、不納付加算税に代えて重加算税の賦課決定処分を行ったものであり、適法な処分である。

2  原告の主張

本件で、被告が主張立証すべきは、原告が、豊田辰夫に対し、利息債権を有したことの事実であり、かつ、右利息債権を徴収しないで消滅させたことの事実である。そして、右利息債権は、原告が豊田辰夫に対し、債権を有する事実が前提として不可欠である。しかるに、この点についての主張立証は尽くされていない。

すなわち、貸付金とは、民法五八七条規定の金銭消費貸借のことであり、これとは別に、税法上の特別の貸付金が存在するものではない。原告の、豊田辰夫に対する貸付金を認定するためには、原告の金銭をその都度、同人がいかなる方法、形態で取得したか、この取得金を同人がいかなる形態で保持もしくは消費したかが、個別的に認定されなければならない。これは、豊田辰夫が、原告の資産を、自己の管理下において、自己の意思で処分できる地位にあったとしても、同様である。

原告から、仮に豊田辰夫に流出した金額があったとしても、それが原告からの貸付金であると認定するためには、

<1> 豊田辰夫が原告から借り受ける趣旨の意思を表示したことの有無

<2> 金利ないし利率、返済期限について、豊田辰夫がどのように認識していたか

<3> 原告の側においても、豊田辰夫に対する貸付けの認識があるかどうか、更に、その債権管理方法をどのようにしているか

等の事実を認定する必要がある。

豊田辰夫は、本件係争年度以前から長年にわたり、個人及び法人として、建設関係の事業を営んでいたものであり、その間、資産形成、蓄財等をしていたものである。本件各係争年度の支払のうちには、これら過去の蓄財から出費した部分もあり、別表四の「差引計」欄記載の金員のすべてが、原告から受領した金銭というわけてはない。

仮に、本件貸付金が存在するとしても、その利率は、被告の主張する年一〇パーセントではない。利息が発生するとすれば、それは、本件貸付金の経済的利益の評価である。右経済的利益をいくらとするかは、一般経済人が通常金銭貸借する場合、その時期における社会通念上相当とする利率、あるいは、融資したとされる者のその時期における資金コスト相当の利率と考えられるが、本件の場合、右のいずれも、年一〇パーセントという高率ではない。

第三当裁判所の判断

一  本件納税告知処分の適法性

1  前記のとおり、津島税務署長は、原告が架空外注費等を計上することにより得た金員のうち、豊田辰夫に対する貸付金となるべき額に係る利息相当額を、原告から豊田辰夫に対する経済的利益の供与すなわち役員報酬であると認定したうえで、原告に対し、給与所得(役員報酬)に係る源泉所得税の納税告知処分を行ったものである。

2  証拠(乙一七、三八、三九、四一、一三二、一三三、一三五)によると、本件貸付金の額は、次のとおり算定されたものと認められる。

(一) 原告に対する法人税法違反嫌疑事件に係る査察調査の結果、原告は、昭和六二年一一月期ないし平成三年一一月期(以下「本件係争各期」という。)において、次のような方法で、所得を隠匿していたことが判明した。

(1) 外注先に対し、水増し金の一割を謝礼として渡すことを条件に、外注費の水増し請求をさせる。

(2) 架空人物が勤務していたかのようにして、給料を架空人名義の口座に振り込ませる。

(3) 原告が受注した工事で、利益が多く出たものについて、外注先に多少金額を上乗せして支払いをした謝礼として、リベートを受け取る。

(4) 原告の寮費の半分を、会社の経理に入れない。

査察調査の結果、増加した法人所得金額の増加額は、別表一の「調査により増額となった所得金額」欄記載のとおりであり、その内容は、別表二のとおりである(乙一三六ないし一四六)。

また、貸借計算における増額となった金額は、別表三のとおりである。

(二) 架空外注費等の計上によって得た簿外資金は、豊田辰夫が管理していたが、豊田辰夫は、簿外資金と役員報酬等の個人資金とを渾然一体として蓄財し、遊興費などに費消していた(乙一〇五、一〇六)。

豊田辰夫の平成元年一一月期から同三年一一月期までの本件係争各年度の個人(世帯)支出総額と同年分の個人(世帯)収入総額は、別表四のとおりであった(当事者間に争いがない。)。

右収入総額と支出総額との差引額は、一応、簿外資金として得たものと考えるのが相当である。原告は、本件各係争年度の支出のうちには、豊田辰夫の過去の蓄財から出費した部分もあり、別表四の「差引計」欄記載の額のすべてが、原告から受領した金銭ではないと主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、かえって、豊田辰夫は、査察段階において、そのようなことを述べておらず、後記認定のとおり、代表者勘定の金額の限度で簿外資金として得たことを認めて修正申告しているのであって、原告の主張は採用することができない。

(三) 津島税務署長は、原告の平成元年一一月期から同三年一一月期までの本件係争各年度の個人(世帯)支出総額のうち個人(世帯)収入総額を超える額を代表者勘定と認定した。

また、昭和六二年一一月期及び昭和六三年一一月期については、架空賃金の額(別表二「賃金」欄記載の金額)から、右架空資金に係る源泉所得税等の額(別表三「預り金」欄記載の金額)を差し引いた金額を代表者勘定と認定した。

そして、津島税務署長は、原告が所得を隠して簿外資産を作った目的は、会社の簿外資金を増大させることにより、会社の規模を拡大することに主眼があり、将来的には原告への返済が予定されていたものであって、永続的に豊田辰夫に帰属させる趣旨ではなかったと認められるとして、右流出金を、原告から豊田辰夫に対する貸付金と認定し、本件係争各期に発生した貸付金額を、別表五の「各期発生貸付金」欄記載の額であると認定した。

右貸付金の返済はなく、昭和六二年一一月期以降、累積し、各期末における累計額は、別表五の「貸付金累計」欄記載のとおりとなった。

津島税務署長の右認定は、前掲各証拠に照らし、正当と認められる。

(四) なお、原告は、平成四年一一月期の確定申告書において、右代表者勘定の額合計一億一一四三万〇六四九円を、短期貸付金として、原告の資産に繰入れ計上している(乙四〇)。

3  このように、本件においては、原告から代表者に対する流出金を算定し、これをもって、代表者に対する貸付金と認定していることになるが、流出金額とその帰属年度が特定できれば、課税対象としては十分特定できるのであるから、個々の消費貸借契約の日時等を特定する必要はないというべきである。

4  貸付金の利率

津島税務署長は、原告の豊田辰夫に対する右貸付金の利率を、年一〇パーセントと認定した(乙一一、「所得税基本通達三六一四九」)。

ところで、貸付金の利率というものは、元来、貸借の理由、貸主と借主との関係、貸主の貸付資金捻出の手段、借主の借金を必要とする度合、借主の返済能力等当該貸付けの行われる個別的、具体的事情のいかんによって大きく左右されるものであるから、経済的合理人を基準としても、その具体的な利率を一義的に明確に定め得るものではない。

そこで、本件係争年度において原告が実際に金融機関から借り入れた借入金の利率についてみるに、担保を提供した長期借入金で、年利率五・五ないし八・二パーセントであり(乙四二ないし四六)、また、同じころの地方銀行における貸出約定平均金利は、年五・九五七ないし八・〇七四パーセントである(乙四七)。

このように、本件係争年度当時、銀行等正規の金融機関が実際に行っていた貸付利率はおおむね年五パーセントないし八パーセント程度であった。

ところで、銀行等の金融機関が貸付けを行う場合、借主の返済意思及び能力を慎重に審査した上、手形、定期預金、不動産等の確実な担保を提供させるのが通常である。したがって、これとの対比において、本件貸付けのように、慎重な審査及び確実な担保の受入れなくして金銭を貸し付ける場合の利率は、右利率より相当高いものとなるのが通常と考えられる。

しかしながら、他面、本件の場合、豊田辰夫が原告の投資であるという特殊な関係があり、かかる貸主と借主との間の特殊な関係が利率に影響することも明らかである。すなわち、一般に、企業がその役員又は従業員等の内部者に融資を行う場合、当該内部者に対する福利更正という見地から、外部の金融機関ないし高利貸し等から同一の事情の下で借り入れる場合に比べ、若干低利で融資するのが通常である。

以上のことから、本件の場合は、慎重な審査及び確実な担保の受入れがないという点で銀行金利よりは高率であるが、原告の内部者が借主であることから高利貸しの利率より若干低い利率が、通常の利率であると認められ、年一〇パーセントという利率は妥当なものであるということができる。

したがって、本件貸付金の利率を年一〇パーセントと認定してなした本件処分は適法である。

5  貸付金利息の額

原告の各事業年度における豊田辰夫に対する貸付金利息の額は、貸付金元本金額が昭和六二年一一月期ないし平成三年一一月期の各事業年度中に順次累積加算されることから、右各事業年度ごとに期首・期末の貸付金残高を合計した上で二分して期中平均貸付金残高を算出し、右金額に年一〇パーセントの利率を乗じて算出されており(右算出方法は相当である。)、右計算によって算出した各年一一月期における貸付金利息の額は、別表五の「各期の利息額」欄記載のとおりである。

6  役員報酬の額

津島税務署長は、右貸付金利息の額を、各事業年度における原告から豊田辰夫に対する経済的利益供与の額として、豊田辰夫に対する役員報酬と認定したが、右は正当である(所得税法三六条一項、乙一一「所得税基本通達三六―一五」)。

ところで、原告の事業年度は一二月一日から翌年の一一月三〇日であることから、右役員報酬認定額は、豊田辰夫の給与所得計算に関しては、歴年計算に換算しなければならないことから、津島税務署長は、各事業年度における役員報酬認定額を一二分し、一二分の一ずつを各月の役員報酬額と認定して、各年分の役員報酬認定額を算出した(別表七参照)

7  納税告知額について

本件告知処分額の算定の経過は、前記「争いのない事実等」4の<3>、<4>のとおりであり、別表六、七に記載のとおりである。

なお、昭和六二年分ないし平成元年分については、年末調整が行われているため(乙一二ないし一四に各一、二)、右各年分の給与所得金額に役員報酬認定額を加算して年末調整の再計算によって納税告知額を計算し、平成二年分及び三年分については、給与総支給額が一五〇〇万円を超えているため(乙一五、一六の各一、二)年末調整ができないことから(所得税法一九〇条一項)、同法一八五条一項一号イの規定による月々の源泉徴収税額が算定されている。

二  源泉所得税に係る重加算税の賦課決定処分の適法性

前記のとおり、本件納税告知処分は、架空外注費等の計上によって捻出した簿外資金をもってした利息相当額の経済的利益の供与(役員報酬)に対する追徴税額の納税告知であるので、右追徴税額に対し、国税通則法六八条三項(重加算税)の規定に基づき、不納付加算税に代えて、重加算税の賦課決定処分(重加算税額の算定は別表七のとおり。)を行ったことは、適法というべきである。

三  以上判示したところによれば、原告の請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田武明 裁判官森義之、同鈴木和典は、転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官 野田武明)

別表一

法人所得額推移表

<省略>

別表二 調査により増額となった金額(損益計算書)

<省略>

別表三 調査により増額となった金額(貸借対照表)

<省略>

別表四 代表者勘定合計表

<省略>

別表五

<省略>

別表六

<省略>

別表七

<省略>

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